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昔のお葬式の思い出  NO 3449

 今日、大阪管区気象台が「木枯らし1号」が吹いたと発表し、冬の季節が近いことを知った。

 最近は葬祭式場での葬儀が増えたが、昔は自宅、お寺、地域の会館が当たり前。炭や化学燃料で暖を提供したり、石油ストーブが不可欠だったが、設置数量に限りがあり、恩恵に当たらない参列者も多く見られ、「お手持ちのコートやマフラーをお召しください」とのアナウンスが必要だった。

 暑いや寒いの環境でお寺様のご法話があれば大変、その間の外の参列者の対応が重要になり、様々な苦労があったのも懐かしい思い出となっている。

 式場空間になって全員が着席という空間ではゆっくりとした時間が流れる。お説教やご法話も説得力がアップすることが確かで、拝聴する人達が納得されるお話となれば最高となる。

 お客様との打ち合わせの中で興味深いやりとりがあった。参列者に対する暖房対応を「費用が掛からないように少しだけ」「参列者人数に合わせて適当に」「徹底して寒くないように」の選択だが、大半のお客様が「徹底」を選ばれた事実があり、そこに他人に配慮される日本人の美徳みたいな世界を感じていた。

 最近は見られなくなったが、昔は「ご詠歌」の講が幾つも存在しており、ご近所のご不幸があると皆さんが集われ、独特の語り口調が流れていた。

 正式に「ご詠歌」というと天皇がお読みになった歌となるが、主に高僧の読まれた歌もが主流で、お通夜で導師が退出された後や、葬儀当日のご出棺時に「唱え奉るご詠歌」とを始められたものである。

 浄土宗や真言宗なら歓迎という考え方もある一方、浄土真宗や日蓮宗などでは問題になることもあったが、講の方々にはそんなことを超越するお考えがあり、そこには「善意」という姿勢があった。

 しかし、その間、ご遺族側がずっと動けず、親戚の人達や参列者への対応が出来ないところから「早く切り上げて欲しい」というお声があったことも事実だ、講の代表から「お寺さんの法話が短いように頼んでくれ」と言われて困惑したことも懐かしい。

 お通夜のご読経の後に「ご詠歌」を唱えられるお寺様もおられるが、それらはその宗派のオリジナルなもの。しかし何とも言えない風情を感じる旋律が感じられ、それが日本人独特の世界のような気がしている。

「金子みすゞ」さんの詩もそうだが、日本人の心の扉を開けるには「五・七調」の言葉が優れているようで、我々司会者が創作するシナリオにも重要な項目の一つとなっている。

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