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仕事と作業  NO 3363

 最近はあまり聞かなくなったが、昔は「献体」される方が結構おられ、そんな崇高なご意志を尊重された方の葬儀を何度か担当させていただいたことがあったが、ご高齢だったご夫妻お二人共が、遺言で「献体」の道を決められていたケースもあった。

 そんな「献体」のお葬式で予想もしなかった問題が起きたことを紹介申し上げる。

「献体」される場合の葬儀は、確か当時の厚生大臣からの感謝のメッセージが届き、受け入れされる病院の関係者が参列され、式次第の中でメッセージを代読されるのが多かったが、そんな代読が終わった頃に式場の外で思わぬ問題が起きていた。

 接待担当のスタッフが顔色を変えて私に耳打ちにやって来たので尋常ではないと思ったが、式場となっていたご当家の玄関から30メートルほど離れたところで揉め事が発生。ご指摘された発端は会葬者からで、相手は病院から依頼された寝台自動車の運転担当者だった。

 ご出棺時には病院側から手配された寝台自動車で搬送されるのだが、その車の人物の態度が悪いということがご指摘で、弊社のスタッフの一員と誤解されていたので否定したが、厚生大臣のメッセージ代読がスピーカーから流れている状況で、運転者は寝台自動車の中でタバコを吸いながら三流週刊誌を読みながら笑っていたこと知り、それを目撃された方々のご立腹も理解したが、運転者は病院に出入りする葬儀社のスタッフで、仲裁に入った私は「あなたは仕事に来ているのではなく作業のために来ているようだ。献体という崇高なご意志を踏み躙るとは以ての外」と叱責したが、後から病院側からご当家に謝罪があった後味の悪い思い出として記憶に残っている。

 献体された方のご遺骨は、2年から3年後にご遺族の元に帰られるが、「医学の発展のために」という崇高なご意志は大切にしたいものである。

 脳死という言葉もあるが、何を以て「死」と考えるのかは簡単ではなく、臓器移植という問題もあって今後も論議されることになるだろう。

 社会には「アイバンク」「イヤーバンク」「腎バンク」という「命のリレー」の活動の存在もあるし。ドナーが少ないと提起されている「骨髄バンク」もある。

 大臣を務められた政治家と話し合ったことがあったが、「臓器移植は弱者が強者のために提供するものであってはならない」と仰ったことが印象に残っている。

 この世に生を享けて何かよいことをしたかと話し合った時、「献血をした」と言った友人もいたし「多額の税金を納めた」と言った知人もいたが、少なくとも「加害者」にだけはならないようにありたいものである。