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大雨の思い出  NO 3551

台風18号の影響からか、関東から東北の記録的な豪雨の齎した水害は衝撃的なレベルで、避難を余儀なくされている方々が元の生活に戻れることを願っているが、自宅を流されてしまったケースもあることを考えると余りにも気の毒過ぎる。

今日は日曜日で多くのボランティア活動の人達が駆け付けてくれているニュースが救いになったが、行政の抜本的な救援と支援が望まれている。

「独り言」の方に書いたが、過去に大雨で冠水を体験したことが2回あり、その2回目の時の雨の降り方は異常だった。

当時に所属していたライオンズクラブの仲間達と共に旅行に出掛け、九州に在住する友人に連絡をしたら熊本空港へ迎えに来てくれ、車2台で3人ずつ分乗して阿蘇高原ホテルで宿泊。夕食で旧交を温め合って時間が流れたが、その頃から降り始めた雨が尋常ではなく、部屋に戻っても雨音が普通じゃない状態となっていた。

その日は1990年7月2日だった。それぞれがシングルルームの部屋となっていたが、深夜からいよいよ雨足の音が酷くなり、全く眠れない夜となった。

朝の5時頃だった。扉をノックする音に気付いた。開けると真向かいの部屋にいた人物で、異常な雨の状況に恐怖感を抱いており、それぞれの部屋にいた仲間を彼の部屋に集めて話し合うことになった。

「普通じゃない。危険を感じる」という考え方は全員に共通する意見で纏まり、朝食を一番に済ませてホテルを脱出しようということになった。

朝食は午前6時半からとなっており、食事会場がオープンすると同時に入り、短時間で済ませると部屋に戻って荷物を持ち、フロントで精算を済ませて2台の車で熊本市内の方へ向けて出発。午前7時過ぎのことだった。

国道57号線を西に向かって下って行くのだが、擦れ違うのはパトカー、消防自動車、自衛隊の救援車という表示をした車ばかり。杉並木で知られる大津の市街に入ると線路も道路も冠水しており、ブレーキパッドを濡らさないように左足で踏みながらアクセル操作。自転車より遅いスピードで20分ほど走行し、何とか冠水していない道路に到達した。

九州自動車道のインターの電光掲示板には福岡方面通行止め。仕方なく南に向かって八代の方へは走ったが、ワイパーが全く機能しないような猛烈な雨が降っていた。

この豪雨で豊肥本線は線路があちこちで流され1年3ヵ月も不通となっていたが、その現場で撮影された報道写真は衝撃だった。レールが何本も飴細工みたいに曲がっていたからだ。

その後も何度か不通になった豊肥本線だが、現在は様々な観光列車が走っている。

そうそう、数日前にJR九州の「ななつ星」が値上げするというニュースがあった。登場した頃はスイートルーム3泊4日コース2人で110万円だったが、その後160万円に値上げされ、今度は170万円になったそうだ。

値上げの記者会見に腹立たしい発言があったのを憶えている。人気が高いので値上げしても大丈夫と判断したなんて言葉が腹立たしかった。庶民の僻みと思われるかもしれないが、こんな考え方のJR九州の「ななつ星」は乗りたいけど乗らないようにしようと思っている。