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プロ達との出逢い  NO 3330

 ワープロが社会に登場してしばらくするとコンピューターが出現した。現在のノートパソコンではないテレビみたいなデスクトップ型だが、事務所に導入した頃に重宝した女性スタッフの存在があった。

 ナレーションの言葉を思い付きながら喋っていると、「それ、打ち込んでプリントアウトが可能ですよ」と言って、私が喋ることを手元も見ずに打ち込む姿にびっくりだった。

それからは、いつも彼女の技術に甘えることになったのだが、ある日、彼女が休日に原稿を打ち込んで欲しいという出来事が発生し、別の女性スタッフに依頼するとゆっくりとしたリズムで思い浮かぶことを伝える側のリズムまで影響が及ぶので困った体験となった。

 それから自分でキーボードを叩くことに挑戦することになったが、操作を誤って折角打ち込んだ文章を消してしまったり、文字変換で大変な苦労も体験して来た。

「独り言」の発信を始めたのは2002年3月1日だったが、当時も我流の打ち方で毎日1時間ぐらいを要して挑戦していた。

 慣れるということは時間の短縮につながるもので、やがて30分で打ち込めるようになって更新を続けて来たが、50代後半とと60代初めに体験することになった大病から休載を余儀なくされたこともあった。

 退院してから復活するためにリハビリに励み、不自由な目の調子と指先の定まらない障害に悩まされながらも挑戦を続け、最近では「幸せ列車」「独り言」に併せてこのブログを開設、日に3本の駄文の列記というコラムを続けている。

 お蔭で悪い頭でも記憶だけは残っているようでホッとしているが、この世を出立する瞬間まで続けたいと考えている。

 明日は我々の仕事である「葬儀」のプロ達と久し振りに会う。それぞれが日本を代表するプロであり、有意義なひとときが過ごせるだろう。

このブログか「独り言」の中で彼らのことを一人ずつ紹介したいと思っているが、北海道から九州まで存在しているのでその地域におられる方々のご不幸があれば絶対に間違いのないプロ達なのでご記憶していただければ幸いである。

 これまでの人生にあって彼らとの出会いはまさに財産であり、それぞれとの交流から学んだ信念や哲学は至宝そのものであり、そこから生まれたオリジナルなサービス発想は全国で流行するに至っている。

 全国に点在する同業者との交流で学ぶことは、その地独特の慣習や風習があること。そんなことも紹介出来たらと考えているが、中には信じられない世界があるのでお楽しみに。