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別の視点から  NO 3337

 全国で「いじめ」問題の表面化が話題になっている。「幸せ列車」の昨日のコラムで書いた「命の教育」を真剣に取り組まなければならないような気がしてならない昨今である。

 被害者と加害者を出し、その責任から保身目的で逃避している姿勢の教育者は失格なのは当然だが、こんな人達に教えられた生徒達の将来に危機感を覚える人達が多いと想像する。

 何処かの中学校の理科室で、硫化水素発生の実験をしていたら、気分が悪くなった生徒が15人も出て、その中の4人が入院したニュースもあった。指導者は気分が悪くなったら部屋から出るように前置きしていたみたいだが、そもそも危険な硫化水素を発生させる実験が必要だったのか疑問を抱いてしまう出来事。最近の先生には理解出来ない発想が多いよう。

 最近の犯罪の凶悪性が酷くなっているようだが、それは教育の歪に生まれた結果のようにも思えるし、何度も書いた「あの世」と「この世」教育の必要性を考えてしまう。

 当たり前のように思っている中にも様々な問題がある。一人のブロガーが問題提起していた内容に考えさせられることになった。それは猛暑の中で行われる夏の全国高校野球選手権大会である。全国各地の予選や応援、そして甲子園球場で繰り広げられる本戦の選手と応援の人達。何の抵抗もなく参加しているが、もしも熱中症で重篤なことになったらと考えると恐ろしくなる。

 昔、夏の大会で甲子園球場に応援に行ったことがあるが、コンクリートの席が熱くて座れない状態だったことを憶えている。あの頃から比べるとはるかに気温が高くなっている。暑さに耐えられない選手は無理との考え方もあるだろうが、そのブロガーは、それを「いじめ」や「体罰」という考え方もしなければと指摘されていた。

 こんなことをここで書けば笑われるだろうが、如何にも一理ある考え方だと同感の部分を禁じ得ない。ただ願うは選手や応援される方々が水分を十分に摂られ、熱中症にならないことである。

 ナイターやドーム球場での開催も提案されていたが、甲子園という特別な歴史が外せないことも理解する。もう全国各地の予選が始まっているが、指導者や教育関係者は「命」の問題に真摯に取り組み、熱中症対策を配慮して欲しいものである。

 これまでの人生で7回も入院体験のある私。その中で4回も救急車のお世話になったのだから申し訳ない話。最後に体験したのは約4年半前のことだが、要請の電話が終わってから3分後にはサイレンの音が聞こえた。

 その救急車をタクシー代わりに呼ぶ人が多いと知った。そんな行為で時間との問題という緊急性の高い発病者に悪影響が及ぶ。また、救急車のもう一つの問題が受け入れ先の病院が見つからないケースである。私の体験でも何箇所も断られ、約30分も車内で苦しんでいた。

 症状が悪化する危険性も高くなるし、その遅れが次の出動を遅らせることにもつながる。こんな悪循環が社会に蔓延るようでは文化国家とは呼べないだろう。

 誰にも急な体調不良の危険性がある。出来たらそうならないように日常の健康管理を願っている。